|TNKS1407 解説
← 解説一覧へ

結晶は、約束でできている ── 並進と、点を増やす対称

2026.06.15

周期結晶を結晶にしているのは、硬さでも輝きでもなく、たった一つ『同じ模様が並進でくり返す』という約束。その上で、対称操作は点をコピーする。コピーには2種類あって、片方は右手と左手を入れ替える ── それを鏡と回転で、触って確かめる。

▶ 鏡と回転 ── コピーの作り方を全画面で

今回の持ち帰り:周期結晶は、格子と基底を、並進でくり返したもの。

「結晶」と聞くと、硬いとか、透きとおっているとか、きれいな多面体とか、そういう見た目を思い浮かべるかもしれない。でも、結晶を結晶にしているのは、そのどれでもないんだ。たった一つの、もっと素朴な約束。

先に一つだけ、ことわっておく。この章で「結晶」と呼ぶのは、周期結晶 ── 同じ模様が規則正しくくり返すタイプの結晶だ。世の中には、そのくり返しの約束を外した結晶(準結晶)もある。でもそれは、この道のいちばん最後にとっておく。まずは、約束を守る世界から始めよう。

その周期結晶を周期結晶にしている約束は、これだ。

同じ模様が、並進(平行移動)でどこまでもくり返す。

これだけ。雪の六角形も、岩塩の立方体も、根っこにあるのはこの一行だ。ある模様を、決まった向きに決まった分だけずらすと、ぴったり元と重なる ── その「ずらし方」の足場を 格子 という。

格子と基底 ── 結晶構造の二つの部品

ここで言葉を三つ、短く分けておくと、この先がずっと楽になる。

結晶構造=格子+基底\text{結晶構造} = \text{格子} + \text{基底}

格子は「どこに置くか」、基底は「何を置くか」だ。岩塩なら、格子は立方体状に並ぶ点、基底はNa⁺とCl⁻のひと組、ということになる。同じ格子でも、置く基底が違えば別の結晶になる ── この区別は、あとで効いてくる。

対称操作は、点をコピーする

周期結晶には、並進のほかにも「自分自身にぴったり重なる動かし方」がいくつもある。回す、鏡に映す、ひっくり返す ── こういう「動かしても模様が変わらない」操作を、まとめて 対称操作 という。

難しく考えなくていい。対称操作のいちばん素朴な姿は、こうだ。

ある点を、別の場所へコピーする。

一個の点を置くと、対称操作はそれを別の場所へ写す。模様全体が自分に重なるということは、点の一つひとつも、どこかの点へきっちり移るということだから。だから「対称操作を知る」というのは、まず「点がどこへ、どう増えるか」を見ることなんだ。

「コピー」の意味を、一つだけ補足。ここでいう「コピー」は、原子を新しく作り出すという意味じゃないよ。「ある位置に原子があると決めたら、対称性によって “同じ役割をもつ位置” がほかにも自動的に決まる」という意味だ。空間群は、代表のひと点から等価な点を生成するルール、と思っておけばいい。

ここで、コピーされる点に小さな目印を付けておくと、すごく見通しが良くなる。点に 三脚(直交する2本の矢印 ── 赤を x、緑を y としよう)と、向きのわかる F の字を貼っておく。すると、コピーが「ただ移っただけ」なのか、それとも「裏返った」のかが、目で見えるようになる。

コピーには、2種類ある

ここで一つ、絵を言葉に翻訳しておく。さっきの三脚 ── 赤(x)と緑(y)の矢印 ── が、操作で どこへ向くか を書き留めるだけで、操作はぜんぶ表せるんだ。

「赤い矢印はこっち、緑の矢印はこっちへ向く」。この行き先を並べた小さな表が、数学でいう 行列 だ。むずかしく考えなくていい。行列とは「矢印たちの行き先のメモ」── ただそれだけ。

ひとつ注意。この行き先のメモ(行列の中の数)は、どの向きを x・y に選ぶかで変わる。同じ操作でも、座標の取り方を変えれば、数も変わるんだ。だから本体は「行列の数」ではなく、その数が表している「操作」のほう。座標は、それを書き留めるための、こちらが勝手に引いた目盛りにすぎない。

そして、その行き先の組には、たった一つの大事な分かれ目がある。赤→緑の回り向きが、保たれるか・逆になるか。

紛らわしい点を、先に正直に分けておく。2次元での「点対称」── (x,y)(x,y)(x,y)\to(-x,-y) ── は、実は 180°回転と同じ写像 で、回り向きは保たれる(det=+1\det=+1、第1種)。中心反転が「裏返す」第2種(det=1\det=-1)になるのは、3次元から なんだ。下のラボでも、そこは混ぜずに分けてある。

この分かれ目には、ちゃんと名前と計算がある。あとで効いてくるから、ここで一度だけ書き下しておくね。行列が「掛けて足すだけ」だと分かれば、もう怖くない。

三脚の行き先を数で書くと、操作は4つの数の表になる。点 (x,y)(x,\,y) がどこへ行くかは、こう計算する。

W=[abcd]W = \begin{bmatrix} a & b \\ c & d \end{bmatrix} x=ax+by,y=cx+dyx' = a\,x + b\,y,\qquad y' = c\,x + d\,y

記号の意味を、いちおう全部書いておく。(x,y)(x,\,y)もとの点 の座標。(x,y)(x',\,y') は、操作で 写った先 ── コピーの座標 だ。右肩の「′(プライム)」は“写したあと”の印、と思ってくれていい。a,b,c,da,\,b,\,c,\,d は、その行き先を決める4つの数 ── さっきの「三脚の行き先のメモ」を、数にして並べたものだね。

やってることは、掛けて、足す。それだけだ。たとえば 90°回転なら a,b,c,d=0,1,1,0a,b,c,d = 0,-1,1,0、つまり W=[0110]W=\begin{bmatrix}0&-1\\1&0\end{bmatrix} で、

x=0x+(1)y=y,y=1x+0y=xx' = 0\cdot x + (-1)\cdot y = -y,\qquad y' = 1\cdot x + 0\cdot y = x

(x,y)(x,\,y)(y,x)(-y,\,x) へ。たしかに反時計まわりに 90°回っている。鏡(左右の反転)なら a,b,c,d=1,0,0,1a,b,c,d=-1,0,0,1W=[1001]W=\begin{bmatrix}-1&0\\0&1\end{bmatrix}(x,y)(x,y)(x,\,y)\to(-x,\,y)。── 三脚の「赤と緑の行き先」を、そのまま数にして並べただけなんだ。

第1種か第2種かは、この4つの数から adbcad-bc を計算すると分かる(これを 行列式 detW\det W という ── 三脚が囲む面積が、向きごと保たれるか裏返るかを測る数だ)。+1+1 なら回り向きそのまま=第1種、1-1 なら裏返る=第2種。90°回転は 00(1)1=+10\cdot0-(-1)\cdot1=+1、鏡は (1)100=1(-1)\cdot1-0\cdot0=-1。数が、目で見た三脚の裏返りと、ぴったり一致する。

言葉だけだとピンと来ないと思う。だから触ってみよう。下のミニラボで、点(と三脚と F)を一つ置いて、「鏡(左右反転)」と「回転 180°」を切り替えてみて。コピーの 向き がどうなるか、よく見てほしい。WWdetW\det W も、その場で出るようにしてある。

鏡に映したコピーは、F が裏返る。赤→緑の回り向きも逆になる(det=1\det=-1)。これが「右手系↔左手系が入れ替わった」=第2種だ。いっぽう 180° 回しただけのコピーは、F は裏返らない(det=+1\det=+1、くるっと回っただけ)。同じ「増える」でも、中身がまるで違う。

右手と左手は、重ならない

「裏返るかどうか」なんて、細かい話に思えるかもしれない。でも、これは本物の区別なんだ。

自分の右手と左手を見てほしい。形は同じなのに、どう回しても重ならない。右手を鏡に映すと、ちょうど左手になる。鏡映(第2種)は、この「右と左を入れ替える」操作なんだ。回転(第1種)では、右手はどこまで回しても右手のまま。── 手のように「鏡像が元と重ならない」性質を キラリティ(掌性) という。結晶の中の原子の並びにも、ちゃんとこの右手・左手があって、第1種と第2種は、それを保つか入れ替えるかで、はっきり別物なんだ。

3次元の空間群エクスプローラーでも、等価点の一つひとつに、この三脚が付いている。三脚が左右に反転して見えたら、それは第2種の操作。いま2Dで掴んだ感触を、そのまま3Dへ持っていけるよ。

次は、「いくつ増えるか」

ここまでで、二つ手に入れた。周期結晶の正体は 並進(格子+基底)であること。そして対称操作は 点をコピーする(しかも第1種と第2種の2通りがある)こと。

次の一歩は、回転にしぼって「いくつコピーが作れるか」を見る。2回、3回、4回、6回 ── と回していくと、点はきれいな多角形に並ぶ。でも、そこに最初の約束が顔を出す。そのコピーたち、並進と握手できる? 答えは、ある数だけ「できない」。五角形の結晶が無いのは、そのせいなんだ。

そこは、次の回で。